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脊髄および脳幹の疾患(末梢神経を含む)

総論は「直感的な神経・筋疾患の診かた」に述べていますので、始めにご覧ください。

脊髄(脊髄神経・神経根を含む)および脳幹(脳神経を含む)では神経症状は異なります。疾患としてみた場合、神経所見さらには脳症状などがオーバーラップしていることがあります。
ここでは便宜上まとめて考えることにしますが、あくまでも私見であることをお断りします。

臨床症状

  • 症状が多彩で局在がはっきりしないが、多くは上下肢にまたがり両側に出現
  • 脊髄症状として四肢筋力低下と知覚障害など
  • 脳幹症状として解離性知覚障害、球麻痺および脳神経症状など
  • 自律神経症状や内分泌障害を合併することもある

神経症状

  • 運動障害(錐体路障害)および感覚障害
  • 解離性知覚障害(温痛覚と触覚異常の解離)の存在
  • 自律神経障害(便秘、排尿困難、発汗障害など)または脳神経障害を伴うかどうか?
  • 末梢性ニューロパチーとして、筋力低下、筋萎縮、線維束攣縮

これらの中で①、②、③のいずれかの神経症状を示せば、脊髄または脳幹の障害を考えます。
これら①、②、③の神経症状にが加われば、脊髄/脳幹の障害に末梢神経障害を合併する疾患、たとえば筋萎縮性側索硬化症など、を考えます。

脊髄および脳幹の疾患(末梢神経を含む)

脊髄および脳幹の疾患(末梢神経を含む)は種類が多く、代表的には次の通りです。

表1 脊髄および脳幹の疾患(末梢神経を含む)
疾患名 ❶頻度 ❷病因・経過 ❸症状・特徴
多発性硬化症 MS 表2へ 表3へ 表4へ
視神経脊髄炎 NMO
球後視神経炎 NMOSD
筋萎縮性側索硬化症 ALS
原発性側索硬化症 PLS
亜急性連合性脊髄変性症 SCD
脊髄性筋萎縮症 SMA
球脊髄性筋萎縮症 SBMA
HTLV-1関連脊髄症 HAM
シャルコー・マリー・トゥース病 CMT
クロウ・深瀬症候群 POEMS症候群
急性横断性脊髄炎 ATM
急性散在性脳脊髄炎 ADEM

次に、脊髄および脳幹の疾患(末梢神経を含む)を ❶頻度、❷病因・経過、❸症状・特徴 の3つに分けてまとめました。脊髄および脳幹の疾患にはたいへん稀な疾患も含まれるため、それぞれの疾患の頻度を知ることは診断に有用です。

❶頻度

それぞれの脊髄および脳幹の疾患と頻度は次の通りです。

表2 脊髄および脳幹の疾患と頻度
疾患名 ❶頻度
多発性硬化症 MS MSは日本では10万人に8~9人 、全体で約12000人
視神経脊髄炎 NMO  
球後視神経炎 NMOSD  
筋萎縮性側索硬化症 ALS 10万人に1~2.5人、全国に約9200人
約5%に家族性ALS
原発性側索硬化症 PLS 10万人当たり0.1人、ALSの2%
亜急性連合性脊髄変性症 SCD 通常は40歳以上の人
脊髄性筋萎縮症 SMA 10万人あたり1〜2人、出生2万人に対して1人前後
成人発症はALSより少ない
球脊髄性筋萎縮症 SBMA 全国に2000~3000人、30~60歳発症
HTLV-1 関連脊髄症 HAM (HTLV-1)感染者は全国に108万人
全国で約3000名の患者がいると推定
シャルコー・マリー・トゥース病 CMT わが国では1人/1万人
欧米では1人/2500人
クロウ・深瀬症候群
POEMS症候群
全国に約340名かそれ以上
急性横断性脊髄炎 ATM 米国では毎年約1400人と推定10~19歳および30~39歳にピーク
急性散在性脳脊髄炎 ADEM 人口10万人あたり2.5人
感染後ADEMは小児に発症することが多く、特発性ADEMは若年成人に多い傾向

❷病因と経過

次にそれぞれの疾患の病因と経過についてまとめました。

表3 脊髄および脳幹の疾患と病因と経過
疾患名 ❷病因と経過
多発性硬化症 MS
  • 中枢神経の脱髄疾患で自己免疫説が有力
  • MSは平均は30歳前後で女性に多い
  • 若年成人を侵し、再発寛解を繰り返して経過が長期
視神経脊髄炎 NMO NMOでは抗AOP4抗体や抗MOG抗体陽性
球後視神経炎 NMOSD
  • MSよりも10歳程年齢が高く、9割が女性
  • 進行型の経過を示さず、初めから症状が高度
筋萎縮性側索硬化症 ALS
  • 上位かつ下位運動ニューロン疾患
  • 60~70歳台が最多、中年以降の男女
  • 進行は比較的早い
原発性側索硬化症 PLS
  • 上位運動ニューロン疾患(前頭葉・側頭葉の萎縮?)
  • 40歳以降に幅広い、ALSよりも緩徐進行
亜急性連合性脊髄変性症 SCD
  • ビタミンB12欠乏症、悪性貧血に伴って発生することが多い
  • 脊髄の後柱及び側柱、神経根, 末梢遠位と多岐にわたる
脊髄性筋萎縮症 SMA 下位運動ニューロン疾患(脊髄前角細胞変性)
1.Werdnig-Hoffman病
(急性乳児型SMA)
0-6ヶ月発症 常劣
2.Dubowitz病
(慢性乳児型SMA)
<1歳6ヶ月 常劣
3.Kugelberg-Welander病
(若年型SMA)
1歳6ヶ月~20歳 常劣
4.成人型SMA 20歳以上、多くは弧発、常優か常劣
球脊髄性筋萎縮症 SBMA
  • 下位運動ニューロン疾患およびアンドロゲン受容体遺伝子異常
  • 遺伝性、成人男性に多く緩徐進行
  • 軽度アンドロゲン不全症により女性化乳房
HTLV-1 関連脊髄症 HAM
  • HTLV-1抗体陽性者の0.25%(400人に1人)
  • 1:2-2.5倍と女性に多い
  • 発症は中年以降の成人が多いがときに10代
  • ウイルス量が上昇している人はHAMになりやすい
シャルコー・マリー・トゥース病 CMT
  • 60種類以上の原因遺伝子が明らかになったが発症機序は不明
  • 末梢神経障害による四肢遠位部優位の筋力低下や感覚低下
  • 一般的には0歳~20歳頃までに発症するが、まれに60歳以降
クロウ・深瀬症候群
POEMS症候群
  • 免疫グロブリンを産生する形質細胞の異常、予後不良
  • 異常形質細胞増殖による血管内皮増殖因子VEGFが末梢神経に沈着
  • 男性が女性に比べて約2倍多い
  • 平均発症年齢は40歳代だが、30歳から80歳代まで幅広い年齢層
急性横断性脊髄炎 ATM
  • 自己免疫性疾患,脱髄疾患,感染症,および薬剤が引き金
  • 脊髄髄節の組織に炎症が起き,それにより横断性脊髄炎が発生
  • 進行すると完全な感覚・運動障害を伴う横断性脊髄症になる場合も
急性散在性脳脊髄炎 ADEM
  • ウイルス感染後やワクチン接種後に生じるアレルギー性の脳脊髄炎
  • 炎症性脱髄疾患
  • 原因となる物質の一つとして、ミエリンベーシック蛋白があげられる

❸症状・特徴

次にそれぞれの疾患の症状と特徴についてまとめました。

表4 脊髄および脳幹の疾患と症状・特徴
疾患名 ❸症状・特徴
多発性硬化症 MS
  • 体温の上昇に伴って神経症状が悪化し、低下により元に戻る(:ウートフ徴候)
  • 症状はどこに病変ができるかによって千差万別
  • 視力障害、複視、小脳失調、四肢の麻痺(単麻痺、対麻痺、片麻痺)
  • 感覚障害、膀胱直腸障害、歩行障害、有痛性強直性痙攣 など
視神経脊髄炎 NMO MNOでは両側の高度視力障害、強い四肢や体幹の疼痛や麻痺、嚥下障害
球後視神経炎 NMOSD

NMOSDの視神経炎は重症で、脊髄炎は横断性のことが多い

筋萎縮性側索硬化症 ALS split handはALSと頸椎症の鑑別に有用
*split handとは、母指球筋と第一背側骨間筋の著明な萎縮の割に小指球筋が保たれるALSに特徴的所見(感度52%、特異度87%)
原発性側索硬化症 PLS
  • 下肢の痙性対麻痺で発症する例が多い
  • 階段昇降の時には、昇るときよりも下る時により強く歩きにくさを自覚
  • 一般的にALSに比べて進行は緩徐
亜急性連合性脊髄変性症 SCD
  • 倦怠感と徐々に悪化する四肢の脱力とヒリヒリ感、しびれ感
  • 左右の痙性麻痺が発生し、圧覚、振動覚、触覚が失われていく
  • バビンスキー反射が陽性
  • 萎縮性胃炎,PPIの長期服用,慢性アルコール中毒,過度のダイエット,菜食主義など
脊髄性筋萎縮症 SMA
  • 体幹、四肢の近位部優位の筋力低下、筋萎縮
  • 上位運動ニューロン徴候は伴わない
1.Werdnig-Hoffman病
(急性乳児型SMA)
座位未獲得
2.Dubowitz病
(慢性乳児型SMA)
立位未獲得
3.Kugelberg-Welander病
(若年型SMA)
立位、歩行
4.成人型SMA 正常運動機能
球脊髄性筋萎縮症 SBMA
  • 舌及び四肢近位部優位の筋萎縮及び筋力低下と筋線維束性収縮が主症状
  • 四肢腱反射は全般に低下し、上位運動ニューロン徴候はみられない
  • 睾丸萎縮、女性化乳房、女性様皮膚変化などの軽度のアンドロゲン不全症候
  • CK高値と耐糖能異常・脂質異常症、Brugada症候群を伴うことが多い
HTLV-1 関連脊髄症 HAM
  • 第一は徐々に進行する歩行障害(痙性不全対麻痺)
  • 両下肢のつっぱり感のために足がもつれて歩きにくく、歩幅が狭く内股で歩くようになる
  • 走ると転びやすく、階段の昇降は初めは下りにくさを感じる
  • 排尿困難、頻尿、便秘などの膀胱直腸障害は病初期からみられる
シャルコー・マリー・トゥース病 CMT
  • 下腿・手・前腕などの四肢遠位部の筋肉が緩徐進行性に萎縮し、感覚が少し鈍くなる
  • 足・足趾の変形(凹足)や足の筋力低下(スリッパが脱げやすい、段差につまずくなど)
  • 特徴的な歩き方(鶏のように、両大腿をやや大げさに挙上し両趾先を垂れて歩く(鶏歩)
  • 「子供の頃からかけっこで遅い方だった」「子供のころから足が小さかった」など
クロウ・深瀬症候群
POEMS症候群
  • 大量の胸水・腹水
  • 末梢神経障害による手や足先のしびれ感や脱力で発症
  • 進行するにつれて、皮膚の色素沈着や手足の浮腫が出現
  • 胸水や腹水の貯留が先に発見されたり、男性では女性化乳房
急性横断性脊髄炎 ATM
  • 単一の髄節または複数の隣接する髄節(通常は胸髄)に疼痛
  • 胸部または腹部の周囲に帯状に分布する緊張,下肢の筋力低下,チクチク感,しびれ さらに数日をかけて完全な感覚運動障害を伴う横断性脊髄症へと進行
  • 対麻痺,病変レベル以下の感覚消失,尿閉,および便失禁を生じる場合も
  • マイコプラズマ、結核、梅毒、ウィルス感染症、薬剤などとの関連
  • 多発性硬化症,SLE,または抗リン脂質抗体症候群、自己免疫疾患、血管炎などと関連
急性散在性脳脊髄炎 ADEM ワクチン接種後、数日~4週後(多くは1~2週後)に急性に発症
  1. 感染後ADEM
  2. ワクチン接種後ADEM
  3. 特発性ADEM

疾患と神経的な障害部位

最後に、それぞれの疾患と神経的な障害部位とを表にまとめました。
あくまでも私見であることをお断りします。
黒字は中枢神経赤字は神経線維を表しています。

表5 脊髄および脳幹の疾患と神経的な障害部位
疾患名 障害部位(黒字は中枢神経、赤字は神経線維
大脳
皮質
大脳
基底
視床 小脳 中脳
・橋
延髄 脊髄  
大脳
白質
     
神経

神経
脊髄白
質/脊
髄神経
自律
神経
多発性硬化症 MS        
       
膀胱直腸障害
筋萎縮性側索硬化症 ALS          
       
*進行性球麻痺あり
 
原発性側索硬化症 PLS          
         
*仮性球麻痺あり
×  
亜急性連合性脊髄変性症 SCD              
           
脊髄性筋萎縮症 SMA              
               
球脊髄性筋萎縮症 SBMA                
        球麻痺  
HTLV-1 関連脊髄症 HAM              
             
シャルコー・マリー・トゥース病 CMT                
           
クロウ・深瀬症候群
POEMS症候群
               
             
急性横断性脊髄炎 ATM              
               
急性散在性脳脊髄炎 ADEM                
       

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