日常外来診療に基づいた総合内科のアプローチ
-- 臨床研修医のために --

神経内科のアプローチ

神経・筋疾患の診断は、神経所見を正しく取ることから始まります。

これには神経診断のための知識と経験が必要で、一朝一夕に得られるものではありません。ここでは正しく得られた神経所見を基にした、神経・筋疾患の診断のアプローチ方法を述べたいと思います。

認知症とパーキンソン病を除き、神経・筋疾患は日常診療でそれほど多く遭遇するものではありません。むしろ、症例検討などで正しい神経所見が提示された場合に、どのような疾患を思い浮かべるかについて簡略に述べさせていただきます。

神経・筋疾患の症状を次のように簡略化して考えます

1筋疾患:四肢筋力低下と筋萎縮

【ポイント】

  • 当然ながら感覚障害は伴わない、感覚障害があれば末梢性ニューロパチーを考える
  • 眼瞼下垂、嚥下障害、ガワーズ徴候に注意する
  • 下垂手、下垂足などの局所症状が強いときは、絞扼性神経障害など末梢性ニューロパチーを疑う

2末梢性ニューロパチー:感覚障害が運動障害ともに、局在が(四肢に)はっきりしている

【ポイント】

  • 皮膚分節(デルマトーン)および末梢神経分布に沿った感覚障害を示す
  • 運動障害よりも感覚障害のほうが顕著に現れる

3脊髄・脳幹の障害:症状が多彩で、局在がはっきりしない(広範囲に及ぶ)

【ポイント】

  • 脊髄および脊髄神経、脳幹および脳神経の症状が混在する
  • 症状が多彩だが、感覚障害と運動障害(錐体路障害)が中心
  • 感覚障害は温痛覚と触覚の解離を伴うこともある

4小脳の障害:失調症と協調運動障害

【ポイント】

  • 失調症とは酔っ払いの歩き方や話し方を、協調運動障害はバラバラな操り人形の動きを想像するとよい
  • 小脳症状は神経所見がとりやすい
  • 中枢性めまいのみのこともある

5視床から大脳基底核の障害:パーキンソニズムと不随意運動

【ポイント】

  • ときに記憶障害や認知症状を合併する
  • 自律神経障害(便秘や排尿障害など)を伴うことも多い
  • 手口感覚症候群は視床梗塞を考える

6広範囲な大脳障害:高次脳機能障害や意識障害

【ポイント】

  • 高次脳機能障害は認知症、失語症、失行、失認などを指す
  • 障害は皮質および灰白質の両方に及ぶため、3から5の症状がいろいろな形で組み合わさりやすい

まとめると次のようになります。

神経・筋疾患の診断の流れ

神経・筋疾患の診断の流れ 筋疾患、膠原病など 末梢性ニューロパチー 脊髄・脳幹 小脳 視床から大脳基底核 広範囲な大脳障害
図1神経・筋疾患の診断の流れ


日常診療では、しびれや疼痛の相談を受けることが多くあります。これら感覚障害では、皮膚分節(デルマトーン)と脳神経/末梢神経分布の知識が大切です。
総合内科的な考え方に関しては、関連痛に関する神経知識が重要です。

感覚障害の多くは頸椎症や腰椎症による神経根症であり、ついで絞扼性神経障害を含む末梢性ニューロパチーが続きます。神経内科の領域では脳血管性障害と認知症が多く、ついでパーキンソン病と続きます。

日常診療で絞扼性神経障害に出会うことは多く、きちんと整理しておく必要があります。また、関節や靱帯、滑液包に関する整形外科的な基本知識も日常診療では大切です。
関連痛(放散痛)、絞扼性神経障害、基本的な整形外科的な知識は別に述べることにします。

さて、もう一度神経・筋疾患に戻りましょう。

神経・筋疾患を整理する

日常診療で遭遇する機会は多くなくても、知識として神経・筋疾患を整理することは重要です。

神経・筋疾患と症状
1筋力低下と筋萎縮
(眼瞼下垂、嚥下障害など)
2感覚障害 3運動障害
(錐体路障害)
4失調症と
協調運動障害
5パーキンソニズムと
不随意運動
(自律神経障害を伴うことも)
6高次脳機能障害
・意識障害
筋疾患・膠原病
など

(局在あいまい)
末梢性
ニューロパチー

(限局)

(限局)
脊髄・脳幹
(局在あいまい)
小脳
視床から
大脳基底核
広範囲な
大脳障害

(35の症状が加わる)

このように神経所見の整理が簡単にできるようになりました。

神経所見と診断名をリンクさせる

次に神経所見と診断名をリンクさせることが必要になります。

1筋疾患・膠原病など

KEY WORD: 1四肢筋力低下と筋萎縮
  • 眼瞼下垂、嚥下障害、ガワーズ徴候
  • 感覚障害はない
  • 局所症状強いときは末梢性神経障害を疑う
疾患名:
  • 神経筋接合部障害(重症筋無力症、Lambert-Eaton症候群)
  • 筋疾患(自己免疫性筋炎、筋ジストロフィー、封入体筋炎sIBM)
  • ミトコンドリア病
  • 多発性筋炎/皮膚筋炎
  • 電解質異常(高Ca血症、低K血症)
  • 甲状腺機能異常、周期性四肢麻痺 など
鑑別診断: ■手指のけいれん、こわばり
  • 低Ca血症によるテタニー
  • 局所ジストニア
  • ばね指
  • 強皮症
  • ALS(有痛性強直性けいれん)

*好酸球性筋膜炎では手指を除く四肢と頸部筋膜のこわばり

2末梢性ニューロパチー

KEY WORD: 2感覚障害と運動障害の局在がはっきりしている
  • 皮膚分節、末梢神経分布に沿った感覚障害
  • 運動障害よりも感覚障害が顕著う
疾患名:
  • 血管炎に伴うニューロパチー
  • 免疫性ニューロパチー
  • 代謝性・栄養性・薬剤性ニューロパチー
  • 糖尿病性末梢神経障害 DPN
  • 遺伝性ニューロパチー
  • 家族性アミロイドポリニューロパチー
  • 傍腫瘍性ニューロパチー など

末梢性ニューロパチーについて詳細は次ページで

3脊髄・脳幹部(末梢神経を含む)

KEY WORD: 3症状が多彩で局所症状がはっきりしない
  • 運動障害(錐体路障害)
  • 知覚障害の解離
  • 脊髄神経障害および脳神経障害
疾患名:
  • 多発性硬化症/視神経脊髄炎 MS/NMO、球後視神経炎 NMOSD
  • 急性横断性脊髄炎 ATM
  • 急性散在性脳脊髄炎 ADEM
  • 筋萎縮性側索硬化症 ALS
  • 原発性側索硬化症 PLS
  • 亜急性連合性脊髄変性症(ビタミンB12・葉酸欠乏)
  • 脊髄性筋萎縮症 SMA
  • 球脊髄性筋萎縮症 SBMA
  • HTLV-1関連脊髄症 HAM
  • シャルコー・マリー・トゥース病 CMT
  • クロウ・深瀬症候群 POEMS症候群 など

4小脳

KEY WORD: 4失調症
  • 中枢性めまいだけのこともある
疾患名:
  • 脊髄小脳変性症
  • 多系統萎縮症 MSA など

5視床~大脳基底核

KEY WORD: 5パーキンソニズムと不随意運動
  • 記憶障害や認知症状を伴うこともある
  • 自律神経障害(便秘や排尿障害など)
  • 手口感覚症候群は視床梗塞を考える
疾患名:
  • パーキンソン病
  • 多系統萎縮症 MSA
  • 進行性核上性麻痺 PSP
  • 大脳皮質基底核変性症 CBD
  • 特発性基底核石灰化症(ファール病を含む)
  • ハンチントン病
  • 神経有棘赤血球症 など

6大脳皮質・灰白質

KEY WORD: 6高次脳機能障害や意識障害
  • 認知症、失語症、失行、失認など
  • ③~⑤の多彩な症状の組み合わせ
疾患名:
  • クロイツフェルト・ヤコブ病 CJD
  • 特発性正常圧水頭症 iNPH
  • 急性散在性脳脊髄炎 ADEM
  • 進行性多巣性白質脳症 PML
  • 亜急性硬化性全脳炎 SSPE
  • 抗がん剤による白質脳症
  • ヘルペス脳炎
  • 非痙攣性てんかん重積状態、猪瀨型肝脳疾患
  • 側頭葉てんかん など

神経内科疾患は症状がオーバーラップしていることが多いのですが、代表的な症状16に診断名を割り当ててみました。

16をまとめた表は下記のようになります。

神経・筋疾患の診断の流れ
神経所見と疾患名

この表では今までややこしかった神経内科のいろいろな疾患が、比較的すっきりと整理できました。新しい神経疾患を勉強する機会があれば、この表に付け加える予定です。

一つ一つの神経疾患にはそれぞれ特徴があり、さらに詳しく整理すると興味深い限りです。
しかし、それらをここで述べると膨大な量になりそうなので、ここではあえて行わないことにします。

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