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大脳の疾患

総論は「直感的な神経・筋疾患の診かた」に述べていますので、始めにご覧ください。

大脳は視覚、聴覚、知覚などのさまざまな感覚に関する情報を識別してそれに応じた運動を命じたり(一次機能)と、記憶や情動、認知という高度の精神作用(高次機能)とを担当しています。
これから述べる大脳の疾患は脳血管障害などと異なり病変が広範囲に及ぶため、一次脳機能障害だけでなく高次脳機能が関与した症状が出やすいことが特徴です。

直感的な高次脳機能障害

高次脳機能障害には、遂行機能障害、注意障害、記憶障害、行動と感情の障害、言葉の理解の障害、失語症、失認症、半側空間無視、病識欠落といった症状があります。

これらの高次脳機能障害の診断は一般医にとっては難しいのですが、診察室で診る機会が多いのは認知障害、精神障害、失行と失認、失語であり、これらの症状に限定すると高次脳機能障害に気がつきやすくなります。
失行と失認の診断はたいへん難しいですが、物の使い方が分からなくなった、道に迷いやすくなったなどの症状から疑うことができます。
感覚失語に関しては、一方的に話してばかり、でたらめが多いなど会話が成り立ちにくい場合には疑う必要があります。

失語症の分類
表1失語症の分類

代表的な大脳が関与する疾患

ここでは大脳が関与する疾患についてまとめました。あくまでも私見であることをお断りします。

表1 大脳が関与する疾患
疾患名 ❶頻度 ❷病因 ❸特徴 ❹症状と経過
プリオン病 表2へ 表3へ 表4へ 表5へ
クロイツフェルト・ヤコブ病 CJD
ゲルストマン・ストロイスラー・
シャインカー病 GSS
致死性家族性不眠症 FFI
特発性正常圧水頭症 iNPH
急性散在性脳脊髄炎 ADEM
進行性多巣性白質脳症 PML
亜急性硬化性全脳炎 SSPE
脳炎
ヘルペス脳炎
自己免疫性脳炎
抗NMDA受容体脳炎

※この表では認知症、脳血管障害、脳腫瘍などの疾患は除いています。

次に、これらの疾患を ❶頻度 ❷病因 ❸特徴 ❹症状と経過 の4つに分けてまとめました。

❶頻度

表2 大脳が関与する疾患の頻度
疾患名 ❶頻度
プリオン病  
クロイツフェルト・ヤコブ病 CJD 100万人に1~2人
ゲルストマン・ストロイスラー・
シャインカー病 GSS
100万人に0.1~0.2人
致死性家族性不眠症 FFI 日本では数家系
特発性正常圧水頭症 iNPH
  • 好発年齢は60歳以降
  • 明らかな男女差はみられない
急性散在性脳脊髄炎 ADEM
  • 人口10万人あたり2.5人
  • 感染後ADEMは小児に発症することが多い
  • 特発性ADEMは若年成人に多い傾向
進行性多巣性白質脳症 PML 最近の日本では0.9人/1000万人
亜急性硬化性全脳炎 SSPE
  • この10年間では年間1~4人
  • 現在、日本に150人
  • 発症率は麻疹罹患をした人の数万人に1人
脳炎  
ヘルペス脳炎 年間100万人当たり1人、計300~400 例
自己免疫性脳炎 年間に約1,000名と推定
抗NMDA受容体脳炎 若年女性や小児、卵巣奇形種と関連

❷病因

表3 大脳が関与する疾患の病因
疾患名 ❷病因
プリオン病 脳に異常なプリオン蛋白が沈着し、脳神経細胞の機能が障害
クロイツフェルト・ヤコブ病 CJD  
ゲルストマン・ストロイスラー・
シャインカー病 GSS
 
致死性家族性不眠症 FFI  
特発性正常圧水頭症 iNPH iNPHは認知症と診断された患者の約5%を占める
急性散在性脳脊髄炎 ADEM ADEMは炎症性脱髄疾患、
  • ウイルス感染後やワクチン接種後に生じるアレルギー性の脳脊髄炎
  • 原因となる物質の一つとしては、ミエリンベーシック蛋白があげられる
  • ワクチン接種後、数日~4週後(多くは1~2週後)に急性に発症
    1)感染後ADEM、2)ワクチン接種後ADEM、3)特発性ADEMに分類
進行性多巣性白質脳症 PML
  • JCウイルスの初感染は幼・小児期に起こり、成人の抗体保有率は全人口の80%程度
  • 免疫力が低下した状況で再活性化し、脳内に多発性の脱髄病巣を来す疾患
亜急性硬化性全脳炎 SSPE
  • 遅発性ウイルス感染
  • 麻疹に感染してから、数年の潜伏期間(5~10年)の後に発病するという特徴
脳炎  
ヘルペス脳炎
  • 成人では HSV の再活性化 によりヘルペス脳炎を発症する例がほとんど
  • 小児の場合は HSV の初感染により発症する例が多い
自己免疫性脳炎 一部に、神経の細胞表面に発現している抗原(NSA)に対する抗NSA抗体が検出
抗NMDA受容体脳炎 グルタミン酸という神経伝達物質の受容体の1つであるNMDA受容体に対する抗体

❸特徴

表4 大脳が関与する疾患の特徴
疾患名 ❸特徴
プリオン病  
クロイツフェルト・ヤコブ病 CJD
  • 平均68歳で女性にやや多い
  • 特殊なものとして医原性CJDやBSE“狂牛病”、変異型CJDがある
ゲルストマン・ストロイスラー・
シャインカー病 GSS
 
致死性家族性不眠症 FFI  
特発性正常圧水頭症 iNPH 歩行障害、物忘れ、トイレが間に合わない(尿失禁)
急性散在性脳脊髄炎 ADEM
  • 好発年齢は5〜8歳、どの年齢でも起こりえる
  • 小児では年間10万人あたり0.4〜0.68人程度の発症頻度
  • 先行感染から数日から1ヶ月程度で発症し。症状は多彩
  • 多発性硬化症や視神経脊髄炎、感染性脳炎などとの鑑別がしばしば問題
進行性多巣性白質脳症 PML
  • 欧米では80%以上がHIV感染者
  • 日本ではHIV感染症や血液系悪性腫瘍が多く、ついで膠原病/結合織病など
亜急性硬化性全脳炎 SSPE
  • 麻疹に感染してから、数年の潜伏期間(5~10年)の後に発病
  • 発病後は数月から数年の経過(亜急性)で神経症状が進行
  • 男女比は1.6:1くらいでやや男児に多く、好発年齢は学童期
脳炎  
ヘルペス脳炎
  • 発熱(90~100%)・頭痛に加えて、意識障害(97~100%)、人格変化(85~87%)などが特徴的
  • 発熱・頭痛に意識障害があれば本症を疑い、早期に抗ウィルス薬を投与
自己免疫性脳炎 本邦ではこれらの自己抗体を測定できる施設は少なく限られている(北里大学)
抗NMDA受容体脳炎  

❹症状と経過

表5 大脳が関与する疾患の症状と経過
疾患名 ❹症状と経過
プリオン病  
クロイツフェルト・ヤコブ病 CJD
  • 行動異常、性格変化や認知症、視覚異常、歩行障害などで発症し、急速に進行して認知症に至る
  • 数カ月以内に認知症が急速に進行し、しばしばミオクローヌスと呼ばれる不随意運動
  • 血液を介して感染する可能性あり
特発性正常圧水頭症 iNPH
  • 歩行障害は最も頻度が高く、特徴は歩行が小刻み、すり足になって、歩行時とくに方向変換時にふらつく
  • パーキンソン病の歩行と異なり、足を開いて歩くのも特徴の一つ
  • パーキンソン病の歩行と異なり、手拍子のような外的刺激を与えても歩行の改善はみられない
急性散在性脳脊髄炎 ADEM
  • 初期症状として髄膜刺激症状
  • 脳炎型では意識障害、痙攣、片麻痺、失語、脳神経麻痺、小脳症状
進行性多巣性白質脳症 PML
  • 「多巣性」を反映して多彩、初発症状としては片麻痺・四肢麻痺・認知機能障害・失語・視覚異常など
  • 一般に週単位から月単位で進行、進行が止まり、回復する場合もある
  • HIVでは中央生存期間は1.8年、その他の疾患を基礎疾患とした場合3ヶ月
亜急性硬化性全脳炎 SSPE 学業成績低下、記憶力低下、いつもと違った行動、感情不安定、
体がビクッとなる発作、歩行障害、字が下手になった など
脳炎  
ヘルペス脳炎
  • 発症時期ははっきりせず、数日から1週間の経過で神経症状が急速に進行
  • 発症年齢(新生児、年長児、成人)によってその病態はかなり異なる
  • 年長児から成人では ほとんどはHSV-1による、新生児てはりHSV-1がHSV-2 より約2:1の比率で多い
自己免疫性脳炎  
抗NMDA受容体脳炎 抗 NMDA受容体脳炎の 5徴
  1. 若い女性の急速発症の統合失調症様精神症状
  2. 痙攣発作
  3. 無反応・緊張病性混迷状態 
  4. 中枢性低換気
  5. 奇異な不随意運動

これらはあくまでも私見であることをお断りします。

一過性全健忘

高齢者で突然に一時的な健忘症がみられ焦燥感を伴う場合には一過性全健忘を疑います。一過性全健忘は前向性健忘を呈する疾患です。
発作中は前向性健忘の特徴ともいえる同じ質問の繰り返しが見られ、また焦燥感が強いです。即時記憶は保たれ、数字の逆唱などは可能です。

中高年に好発し50歳以上での罹患率は人口10万人当たり年間30人と比較的高頻度です。原因は特定されていません。誘因は肉体的労作が最も多く、他には精神的ストレスなどが知られています。
発作中に数日~数ヶ月前までの出来事を思い出せない逆行性健忘も見られますが、限定的であり古い記憶は障害されません。したがって自分の名前も分からないケース、特に若年発症で焦燥感に乏しい場合には解離性障害を考えます。
発作中の記憶は永久に欠落しますが、発作中の逆行性健忘は発作が治まった後に徐々に回復します。

一過性全健忘の予後は良好で、認知症や脳血管障害のリスクにはならず、治療や予防は必要ありません。再発の頻度は29~25%と言われています。
(日本医事新報、No.4953、2012.5.5;「臨床診断学第29回」:生坂正臣ら)

非痙攣性てんかん重積

非痙攣性てんかん重積状態は、痙攣を認めないものの脳波上は持続的、あるいはほぼ持続的に出現しており、意識障害をはじめとした多彩な神経症状を呈する状態とされ、近年診断のつかない意識障害の原因として注目されています。
運動野に伝播しない、もしくは伝播しても痙攣を起こすほど発作波が強くないため、非痙攣性となります。

発作間欠期や発作後の状態では必ずしも異常波を認めず、診断には長時間脳波モニタリングが必要となりますが、部分的な脳血流の増加を評価できる arterial spin labeling 法によるMRIは本疾患の診断の一助となります。強く本症が疑われる場合には抗てんかん薬の投与による治療的診断も考慮します。
(日本医事新報、No.4973、2019.8.17;「臨床診断学第204回」:生坂正臣ら)

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