原因が明らかでない脳血栓や心筋梗塞、肺塞栓など血栓性疾患をみた場合に、考えるべき病態(基礎疾患)がいくつかあります。
循環器領域に関係した病態としては、
などが挙げられます(人工弁や血管手術後、左房拡張などは除く)。
一方、凝固機能に関連した病態としては、
などが挙げられます(DICなどは除く)。
さらに、赤血球形態異常に関係した特殊な原因として、鎌状赤血球傾向があります。
心房細動の頻度は年齢とともに高くなり、65歳以上では5.9%になることが報告されています。すでに発作性心房細動と診断された場合、脳梗塞発症率は65歳以上では年間約5%との報告があります。
しかし、発作性心房細動と気がつかないままに脳塞栓を発症し、脳梗塞と診断される例は少なくないと推測されます。このような場合、予防に抗血小板薬を選ぶかそれとも抗凝固療法を選ぶか難しい課題です。
下肢のDVTは代表的な静脈系の血栓性疾患で、肺血栓塞栓症の原因になります。肺血栓塞栓症の症状は多岐にわたるため、患者の訴える症状が肺血栓塞栓症ではないかと疑うことが、診断に至る第一歩となります。
肺塞栓症の症状は呼吸困難(感度73%)、胸膜痛(感度44%)、咳嗽(感度34%)、下肢痛(感度44%)、下肢腫脹(感度41%)などですが、特異的な症状・身体所見はありません。呼吸困難は数分以内に完成することが多く(感度72%)、発症様式の確認は重要です。
塞栓症は感染性心内膜炎IEの約20~50%で認められ、中枢神経系が最多で、次いで腎臓(約7%)、脾臓、肺、冠動脈などにも発症します。塞栓症のリスク因子として、可動性が大きい疣贅や黄色ブドウ球菌が挙げられます。また発熱を伴う指趾の先端部皮疹はIEを考える必要があります。
IEにおける脳塞栓や髄膜炎などの中枢神経合併症の頻度は25%であり、その半数で中枢神経症状が初発症状となります。細菌性髄膜炎患者で明らかな基礎疾患がない場合には、IEの存在を考慮すべきです。
ちなみに眼瞼結膜の点状出血はIEの5%にみられます。また、化膿性脊椎椎間板炎の原因がIEであったという例もあります。
敗血症性肺塞栓症は敗血症に伴う菌塊が塞栓子となって肺動脈に塞栓をきたす稀な感染症です。感染源はIEが33%と最多で、右心系の感染の頻度が高いです。その他、静脈カテーテル17%、化膿性血栓性静脈炎6%などが要因となりますが、感染源不明も47%と報告されています。
近年、静脈カテーテルやペースメーカーに関連した事例が増加しており、脳血管内治療における菌血症合併は7.8%との報告があります。起炎菌として表皮常在菌が多く、厳重な清潔操作が必要とされています。
若年発症の脳梗塞では奇異性塞栓を鑑別すべきです。奇異性塞栓は、静脈系で形成された血栓が右→左シャントを介して動脈系に流入し塞栓症をきたす病態で、ASD、卵円孔開存、肺動静脈奇形などが基礎疾患となります。
咳や排便、嘔吐などValsalva負荷のかかる状況下で、一時的に右房圧が左房圧より上昇して右→左シャントが生じます。
特 発 性 冠 動 脈 解 離(spontaneous coronary artery dissection:SCAD)は、非動脈硬化性心筋梗塞の原因となる循環器疾患です。
冠動脈造影症例における頻度は 0.1~1.1%程度と報告され、50歳未満女性の心筋梗塞の 24.2%がSCADだったという報告もあります。主訴は急性冠症候群と同様の胸痛を訴えることが多く、周産期や4回以上の出産歴はSCADの原因となるので問診上注意します。
SCADの発症機序は明確に解明されているわけではありませんが、潜在的な素因として、線維筋性異形成や産後のホルモンによる影響、Marfan症候群やEhlers-Danlos症候群のような結合組織疾患などとの関連が報告されています。
線維筋性異形成は、若年女性に多く見られる原因不明の動脈の局所性増殖性疾患です。血管壁が数珠状に変形し、しばしば腎動脈狭窄を生じることが知られています。
全身のあらゆる動脈が侵される可能性があり、冠動脈にも影響があります。血管壁が脆弱になりやすく、線維筋性異形成がSCADの再発率の高さの背景にある可能性が指摘されています。
コレステロール結晶塞栓症CCEは動脈硬化の素因(高齢、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙歴など)を持つときに、血管内操作を伴う検査・治療施行後に発症します。自然発生例も25%で存在します。
契機となった検査・治療後まもなく発症する急性型、数週間~数ヶ月かけて進行する亜急性型、および慢性緩徐進行性の経過をたどる慢性型があります。
食思不振・体重減少・発熱といった全身症状のほか、腎障害、網状皮斑、足趾の紫斑(blue toe syndrome)を呈します。皮疹は細胞虚血の程度によっては有痛性となります。
血液検査では、好酸球増多(80%)や炎症反応を伴うため、血管炎との鑑別が必要です。
担癌状態では脳血栓のほかに深部静脈血栓症、肺塞栓症などを発症しやすいことが知られており、トルソー症候群と呼ばれます。トルソー症候群はトルソーというフランスの神経内科医が19世紀に発見した病態で、癌の合併症の1つである静脈血栓塞栓症、狭い意味ではそれを伴う脳血栓を指します。
ムチンやサイトカイン、組織因子などの活性化により、血液凝固能が亢進するのが原因として考えられます。卵巣癌や乳癌などに多いといわれています。卵巣癌は特に多い傾向があります。
若年の女性が脳血栓になり凝固能の亢進が認められた場合は、癌が生じている可能性があります。また脳血栓の女性に卵巣癌が見つかり、トルソー症候群であったことが明らかになるという例もあります。
抗リン脂質抗体症候群APSは動静脈の血栓症、血小板減少症、習慣流産・死産・子宮内胎児死亡などと相関します。SLEを始めとする膠原病や自己免疫性疾患に認められることが多いですが(続発性)、原発性APSも存在します。
APSはAPTT延長をきたしますが、臨床的には凝固亢進し血栓症を生じます。その機序は明らかではありませんが、いくつかの仮説があります。
リン脂質依存性凝固反応を抑制的に抗β2グリコプロテインI(β2GPI)抗体を阻害する、プロテインCの活性化を阻害する、血管内皮上のトロンボモジュリンやヘパラン硫酸を阻害ないし障害する、凝固抑制に作用する血管内皮細胞からのPGI2産生を抑制する、血管内皮細胞からのvon Villebrand因子やplasminogen activator inhibitorの産生放出を増加させるなどが挙げられます。
プロテインS(PS)、プロテインC(PC)およびアンチトロンビン(AT)欠損症は、日本人の3大先天性血栓性素因です。いずれも常染色体優性遺伝病で、ヘテロ変異保有者は深部静脈血栓症を起こしやすく、ホモおよび複合へテロ接合の重症型は新生児に電撃性紫斑病を起こします。
深部静脈血栓症を発症した日本人成人の65%にこの3因子の活性の低下が、さらにその約半数に遺伝子変異が同定されることが報告されています。
日本人のヘテロ変異保有者はPS 1.8%、PC 0.16%、およびAT 0.18%と推定されています。各因子の活性が低下する変異保有者は、血栓症を起こすリスクが高いことが知られています。
低用量ピルを服用し、血栓症を起こしやすいのは服用開始から3ヵ月以上半年未満の時期だと言われています。以下のような特徴を持つ人は血栓症リスクが高い傾向にあるため注意が必要です。
鎌状赤血球はヘモグロビンの構造異常症としては最も多く、ほぼ黒人だけに生じる慢性溶血性貧血でHbS遺伝子がホモ接合性に遺伝することによって生じます。鎌状赤血球傾向はHbSがヘテロ結合となった状態を指します。
アフリカ系アメリカ人の約10%、ラテンアメリカ系の約0.5%に認められるとされます。
通常は無症状ですが、高地や激しいトレーニングなどで低酸素状態におかれると赤血球が鎌状に変形し、脾梗塞や肺梗塞などの血管の閉塞を生じます。脾梗塞は比較的頻度の高い合併症ですが、保存的治療のみで予後は良好な場合が多いとされます。
鎌状赤血球傾向と診断された場合には、過度の運動と3.000m以上の高地は避けるように指導します。
鎌状赤血球傾向は日本人には報告がありませんが、近年日本を訪れる外国人観光客も多く、外国人の血管閉塞症を診た場合には、原因疾患として鑑別する必要があります。
(日本医事新報 No.4256 2011年1月22日、「キーフレーズで読み解く外来診断学」第2回より)
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D-ダイマーは主に静脈血栓塞栓症(VTE)や 肺血栓塞栓症(PE)を診断する際の補助として使われる凝固マーカーです。
急性大動脈解離が疑われる場合、D-ダイマー検査が有用である可能性を示す複数のエビデンスがあります。この疾病を持つ患者のほぼ100%にD-ダイマーの上昇がみられ、未だに賛否両論はありますが、陰性のD-ダイマー検査結果で急性大動脈解離の可能性を除外できるのではないかと提言されています。
急性心筋梗塞ではしばしばD-ダイマーの上昇が認められます。また、脳梗塞、四肢の虚血、心房細動でも上昇が認められることがあります。
D-ダイマーの上昇は特異性に欠けるという欠点の反面、血栓症に気がつくきっかけになるというメリットがあります。