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肺塞栓症と肺高血圧の心電図

肺塞栓症と肺高血圧の診断は疑いを抱くことから始まります。疑うことができれば、比較的スムーズに診断に至ることができますが、疑わない場合は、診断に至ることが困難です。

病的な労作時息切れ、易疲労感をみたら肺高血圧症も鑑別に入れる

特発性肺動脈性肺高血圧症IPAHの自験例です。

受診時52歳の男性で配送業に就いており、喫煙歴があります。
30歳過ぎから軽度の作業で息切れを自覚するようになりました。
いくつかの呼吸器内科の専門病院を受診しましたが、その都度肺気腫と診断を受けました。

吸入療法で改善しないため、当院を受診されました。受診されたときは、自宅で歯磨きや洗顔、着替えなどの軽い動作でも息切れと呼吸困難を自覚していました。

配送業という重労働をこなされているのが不思議でしたが、診察室で数回スクワットをしてもらうと、酸素飽和度は96%から86%に急激に低下しました。

肺気腫にしては不自然なため心エコーを行ったところ、右心系が拡張、高度の三尖弁閉鎖不全症と収縮時の左室変形を認めました。この時点で、肺高血圧を疑うことができました。

この例では、心電図や胸部X線像では、肺高血圧に特徴的な所見はありませんでした。専門病院で精査の結果、IPAHと診断されました。
症状から肺高血圧の疑いを抱くことはできませんでしたが、心エコー所見により疑えたのは、幸運と言うほかありません。

小児のIPAHはまれな疾患で、年間100万人あたり1人とされます。症状は労作時息切れ、易疲労感が多く、胸痛・失神、動悸などを訴える場合もあります。成人と比較して浮腫が出現しにくく、運動時の失神が多いと言われます。

労作時息切れや失神を疑う症状の鑑別では、心電図変化がなくても肺塞栓症も考慮する

広範型でない肺塞栓症では、労作時息切れに加え、起立時の眼前暗黒感を自覚することがあります。失神しそうになり、自宅で転倒を繰り返し、いわゆるpresyncopeを生じます。

肺塞栓症では、失神やショックバイタルを示す広範囲な肺塞栓症以外にも、失神に似た「めまい」の症状が10%前後の頻度で存在します。実際、失神を主訴に緊急外来を受診した患者群において、全体の17.3%が肺塞栓症と診断されたという報告があります。
頻脈や頻呼吸がなく、心電図や心エコーで明らかな異常所見を認めなくても、長時間続く労作時息切れや失神を疑う症状の鑑別には肺塞栓症を加えます。

病歴聴取が急性肺塞栓症を疑う手がかり

4年に一度のオリンピックで夜な夜なTV観戦しながらいつの間にか就寝、そして朝起きては犬の散歩といった生活を数日間送るうちに、深部静脈血栓から肺塞栓を発症した例があります。
このような生活習慣は、震災後の窮屈な姿勢の睡眠などと同じ状況を生み出す可能性があります。Wellsクライテリアの病歴だけに限らないことに注意します。

肺塞栓症と肺高血圧の心電図所見

右室を表す誘導

右室を表す誘導は、aVR、下壁(Ⅱ・Ⅲ・aVF)、右側胸部誘導(V1~V3)、対側変化としてⅠ・aVLになります。

次のような右室負荷を表す心電図所見をみたら肺塞栓症を考えます。

① Ⅰ、aVL誘導の深いS波
② Ⅱ、Ⅲ、aVfのR波増高
③ V1-3陰性T波
④ 右脚ブロック
⑤ V1のR波増高

代表的な肺塞栓症の代表的な心電図所見です。

肺塞栓症の心電図
心電図1肺塞栓症の心電図

肺高血圧症ではとがったP波(肺性P)を認めることがあります。

肺高血圧の心電図
心電図2肺高血圧の心電図

急性肺塞栓症の診断はまず疑うことから

右室負荷と疾患
図3右室負荷と疾患

肺塞栓症に高頻度で認められるECG所見は、頻脈やV1-4など広範囲に認められる陰性T波や平坦T波です。これらは急激な右室拡張や右室圧に伴う変化と考えられています。

V1~V3の陰性T波は発症24時間以内に現れ、2~3日で最も深くなりその後徐々に回復するとされ、肺塞栓の経過中最も長期にわたって見られます。心エコーでは右室系拡大や左室圧排所見も感度が高いです。
その他のECG所見は、①右軸偏位、右脚ブロック、②Ⅱ・Ⅲ・aVFの高いR波とⅠ・aVLの深いS波、③V1のR波増高ですが、有名なS1Q3T3は感度は10~30%にすぎず、発症数日で消失すると言われます。

急性肺塞栓症は近年増加傾向にあります。未治療の場合は死亡率が高いですが、適切な治療で死亡率は大きく改善するため、早期診断が重要です。しかし、臨床症状が多彩で理学所見や検査に特異的なものがないため、非特異的所見から本症を疑う臨床的センスが求められます。

洞性頻脈を認めたら1回拍出量低下など背後にある病態、肺血栓塞栓症に注意する

「S1Q3T3パターン」はMcGinn-White patternと呼ばれ、肺血栓塞栓症に高い所見ですが、頻度は低く約10%。肺血栓塞栓症で洞性頻脈が唯一の心電図所見であることも度々経験します。
この代償は肺血栓塞栓症に限らず、1回拍出量が低下するようなあらゆるタイプの心疾患において見られる所見であり、洞性頻脈を認めたら背後に隠された病態に注意します。

心エコーでは右心室拡大とそれによる心室中隔の圧迫像(左室の変形)です。最近のトピックスである癌関連の静脈血栓症VTEの可能性を除外することも非常に重要です(トルーソー症候群)。

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