日常外来診療に基づいた総合内科のアプローチ
-- 臨床研修医のために --

陰部神経叢

総論は「総合内科の第一歩は末梢神経を理解する」に述べていますので、始めにご覧ください。

陰部神経叢は脊髄神経から分岐し、腰神経叢や仙骨神経叢と相互に連結しているためこれらを合わせて腰仙骨神経叢に含まれます。
陰部神経叢は第2~4仙骨神経の前枝から構成されており尾骨に向かって斜めに下ります。

男性では、S2からS4由来の陰部神経は陰嚢の下部・後面に分布し、L1とL2由来の腸骨鼠径神経および陰部大腿神経はそれぞれ陰茎根部と陰嚢上部、精巣挙筋と精巣鞘膜に分布するという複雑な神経支配となっています。
ときに陰嚢、鼠径部および会陰部に神経痛を発症することがあり、これらの知識は病態の理解に重要です。

【臨床的に重要なポイント】

陰部神経叢が関連する感覚障害には、特発性直腸肛門痛や特発性慢性睾丸痛などがあります。また骨盤内腫瘍や血腫などによる圧迫、悪性リンパ腫など悪性腫瘍が原因のこともあります。

悪性リンパ腫に伴う神経障害としては、リンパ腫の直接浸潤や圧迫、免疫異常による遠隔作用、腫瘍細胞の血管閉塞による虚血障害、化学療法による代謝・薬剤性障害などが挙げられます。このうち末梢神経、神経根あるいは神経叢へ直接浸潤を neurolymphomatosis と呼びます。
有痛性多発神経障害および多発神経障害の形をとりますが、典型的には排尿障害、下肢の運動障害を呈しますが、病変が脊髄腔末端部分に限局すると会陰部痛のみとなることがあります。

脊髄円錐と馬尾神経

脊髄円錐上部・円錐・馬尾
図1脊髄円錐上部・円錐・馬尾(医學事始(igakukotohajime.com)から一部改変)
表1 障害部位と高位・症候などの対応関係(医學事始(igakukotohajime.com)から)
円錐~馬尾 円錐上部 脊髄円錐
(円錐下部)
馬尾
障害部位 L4~S2髄節 S3~Co髄節 L2以下神経根
高位 Th11~L1 L1 L2以下
自発痛 下肢
しばしば異常感覚
高度ではない
まれ・遅発
会陰部・下肢
+++
間欠性跛行 +++
感覚障害 会陰部~下肢 saddle anesthesia 下肢
運動障害 下肢 なし 下肢
筋委縮 +++
腱反射
病的反射
膀胱直腸障害 +++
早朝・著明

後期・著明でなし

馬尾について第1歩は脊髄下端の解剖について理解することです。
脊髄は第1から第2腰椎のレベル(脊椎椎体L1からL2)で終わります。この部分を脊髄円錐と呼びます。
脊髄レベルではL2以下の神経根が馬尾を形成します。髄節L1からL5は脊椎椎体ではTh11およびTh12の高さに密集して存在します。随節S1からS5は脊椎椎体ではTh12からL1の高さに存在しています。
脊髄円錐(脊椎椎体L1レベル)と円錐上部(脊椎椎体Th12レベル)では髄節と脊椎椎体のレベルには大きな差があることに注意します。

  • 髄節L3からS1の神経根が下肢運動に関与しています。
  • 髄節S2からS4までに排尿中枢が存在します。
  • 髄節S2からS5までが会陰部の感覚に関与します。

【臨床的に重要なポイント】

  • 髄節L4およびL5は脊椎レベルではTh12に相当します。
  • 髄節S1からS5は脊椎レベルではTh12およびL1に相当します。
  • 下肢筋力低下では髄節L3からS1の神経根が関与するため、脊椎レベルではTh12を含めて検索します。
  • 特発性直腸肛門痛や特発性慢性睾丸痛では髄節ではS2からS4および神経根が関与し、脊椎レベルではL1以下の病変が原因となります。
  • 腰椎脊柱管狭窄症では排尿障害や尿閉などの膀胱直腸障害を呈することがありますが、脊髄円錐(および馬尾障害)の重要な徴候の一つです。髄節ではS2からS4に排尿中枢が存在し、脊椎椎体レベルではL1以下の病変が関与します。

*図1および表1は 脊髄円錐上部・円錐・馬尾 - 医學事始 いがくことはじめ (igakukotohajime.com) から抜粋(一部改変)させていただきました。脊髄円錐と馬尾についてたいへん優れた総説ですので、ぜひWebサイトをご覧ください。

下肢のしびれ:大動脈解離と血管炎による末梢性ニューロパチー

大動脈解離

大動脈解離の5~15%は痛みを伴わずに発症し(突然~急性)、とくに神経症状を呈する大動脈解離で多いと言われています。そのため「神経症状をみたら一度は大動脈解離を疑う」という考えが必要になってきます。
大動脈解離発症時の一過性または永続的な神経症状は17~40%と比較的頻繁に起こり、大動脈の側枝の圧迫や閉塞による虚血が原因とされます。
神経症状は解剖学的に以下の3つに分類できます。

  • ❶ 脳:TIAや脳梗塞、けいれん、一過性健忘など
  • ❷ 脊髄:対麻痺、前脊髄動脈症候群、Brown–Séquard症候群など
  • ❸ 末梢神経:虚血性ニューロパチー(単神経炎や多発神経炎)、神経圧迫症状など

*虚血性ニューロパチーでは、神経支配に一致しない神経症状(痛み、しびれ、知覚障害)や冷感などを呈し、重度の場合は麻痺に至ります。

動脈解離の始まりでは神経症状はいったん出現した後に改善することがよくあり、一過性の閉塞や血流低下が原因と考えられます。
しかし、この段階で安心して鑑別疾患から外してしまうと、不可逆的な症状やより重篤な状態へと進行し、致命的になりうるため慎重に除外する必要があります。

血管炎による末梢性ニューロパチー

多発性単神経炎(multiple mononeuropathy)の形を取り、腓骨神経(下垂足)、尺骨神経(鷲手)、橈骨神経(下垂手)、正中神経(猿手)など複数の主要神経幹が障害されます。左右非対称を示すため、頸椎疾患・腰椎疾患などと誤診されやすいので注意を要します。

典型的な臨床像は、❶左右差を有し、❷四肢遠位部に障害のアクセントのある、❸感覚>運動型の、❹亜急性に進行する多発性単神経炎です。
症状は左右対称に起こることはなく、最初に右の下垂足が起こり、次の日には左手の下垂手、というような進行形態をとるのが典型例です。
障害される神経は細かい分枝ではなく、右の腓骨神経、左の橈骨神経、左の深腓骨神経といったように、根前のある神経幹の支配領域の感覚障害・運動障害を呈します。

感覚障害を伴わない多発性単神経炎では、血管炎以外の疾患(たとえば、多巣性運動ニューロパチー)をまず念頭に浮かべるべきです。罹患神経の支配領域に沿った強い痛みを伴うことも血管炎性ニューロパチーの大きな特徴の一つです。
ANCA陰性で炎症が末梢神経に限局する非全身性血管炎性ニューロパチーと呼ばれる病型も存在しますが、基本的には血管炎は全身疾患です。

腰部脊柱管狭窄症LCS

腰部脊柱管狭窄の神経障害形式(横断模式図)
図2腰部脊柱管狭窄の神経障害形式(横断模式図)

腰部脊柱管狭窄症LCSは馬尾型、神経根型、混合型に分類されます。馬尾型(または混合型)では下肢や腰部だけでなく、会陰部にもしびれ・ほてり・灼熱感などの異常感覚を認めます。
高齢者の会陰部痛では(特発性直腸肛門痛や特発性慢性睾丸痛の他に)腰部脊柱管狭窄症も鑑別に加えます。

もっともポピュラーな腰部脊柱管狭窄症LCSは慢性経過をとります。
比較的急な症状発現では、整形外科の疾患の他、腰髄の梗塞・出血、動脈解離などの血管障害や血管炎などによるニューロパチー、悪性リンパ腫や転移性腫瘍などの悪性腫瘍 などを鑑別します(*)。
LCSの特徴は間欠性跛行と坐位など脊椎が前屈する姿勢での症状改善です。前傾姿勢を取ることにより脊髄内圧が軽減されるため、歩行時の姿勢は前傾となる特徴があります。
症状は立ったり歩いたりすることで悪化し、座ったり前屈みになることで和らぐことがポイントです。立ち止まるだけでは症状は改善せず、前傾姿勢や立位から坐位への姿勢変化で軽快することに注意します。
着座中の腰痛消失はLCSに対して感度52~70%、特異度55~83%と言われています。

*鑑別診断は5Ms+2Asと覚えます。詳しくは本HPの以下のサイトをご覧ください。5Msに新しく2Asを加えました。2Asとは、AAA(解離性腰部大動脈瘤)とAortitis(高安動脈炎、巨細胞性動脈炎などの大血管炎)を加えました。

腰部脊柱管狭窄症LCSの神経症状を理解するためには、すでに述べたように脊髄円錐と馬尾の解剖の概略を理解することが大切です。
LCSの主な神経症状は間欠性跛行ですが、跛行とは血流障害に伴って出現する症状です。LCSだけでなく、巨細胞性動脈炎に伴う顎跛行、上肢の血管炎、動脈硬化などに伴う上肢跛行などもあります。

腰部脊柱管狭窄症LCSの間欠性跛行は歩行時に下肢のしびれや疼痛などの症状が出現しますが、歩行時だけではありません。
長時間の坐位から急に立位の姿勢をとった時、たとえば長時間の運転直後や電車で長時間座っていて急に立ち上がった時などに、腰部から下肢にかけて何とも表現しにくいような一過性の脱力感を生じることもあります。予防策は長時間の坐位をとる時には、前傾姿勢ではなく背筋を伸ばす姿勢をとることです。

腰部脊柱管狭窄症LCSで忘れてはならないのは膀胱直腸障害です。男性では排尿障害では前立腺肥大を想起しますが、LCSの症状の一つとしても起こることに注意します。
図8にあるように、馬尾障害で起こる排尿障害は軽度ですが、日内変動があることが特徴です(起床直後などに悪化し、日中は改善)。しかしLCSによる馬尾障害が高度になったり、脊髄円錐に及ぶようになると尿閉を生じることがあります。
神経学的には、直腸診により肛門の収縮力の低下、肛門反射の消失などが参考になります。

詳しくは本HPの【膀胱の神経支配】をご覧ください。

脊髄円錐と馬尾について詳しくは 脊髄円錐上部・円錐・馬尾 - 医學事始 いがくことはじめ (igakukotohajime.com) をご参照ください。

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