心筋梗塞など虚血性心疾患は日常診療ではしばしば遭遇するコモンな疾患です。循環器専門医の間では、2型糖尿病=心筋梗塞という認識があります。
糖尿病の中でも、とくに境界型糖尿病(いわゆる糖尿病予備軍)か発症間もない軽度の糖尿病(HbA1cが6.3%前後)で心筋梗塞が多いという印象が強くあります。その理由について考えましょう。
その前に、生活習慣病予防のために国の事業として特定健診がありますが、その意義について考えます。いわゆるメタボ健診ですが、その意義が正しく理解されているとは言えないのが現実です。
厚労省のホームページには次のように述べられています。
「現在、高齢化の急速な進展に伴い、疾病全体に占めるがん、虚血性心疾患、脳血管疾患、糖尿病等の生活習慣病の割合が増加傾向です。また、死亡原因でも生活習慣病が約6割を占めている状況です。
また、生活習慣病の発症前の段階であるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)が強く疑われる者と予備群と考えられる者を合わせた割合は、男女とも40歳以上では高く、男性では2人に1人、女性では5人に1人の割合に達しております。
このような中で、国民の、生涯にわたって生活の質の維持・向上のために、糖尿病、高血圧症、脂質異常症等の発症、あるいは重症化や合併症への進行の予防に重点を置いた取組が重要と考えます。」
つまり、特定健診には「生活習慣病の発症前の段階であるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)」を見つけ出し、特定保健指導などを通して生活習慣病の発症を予防する目的があります。
ここでは、メタボといわれる状態が、糖尿病(とくに境界型糖尿病または糖尿病予備軍)や虚血性心疾患の発症にどのように関連しているか、そして脂質異常症の治療の重要性について私見を簡単に述べます。
脂肪細胞の研究がさかんにおこなわれ、内臓脂肪細胞から分泌される生理活性物質(アディポサイトカイン)の役割が明確になってきました。それによると、肥大化した内臓脂肪細胞から、糖尿病や高血圧の原因となるアディポサイトカインを分泌しているために、死の四重奏を引き起こしやすいというもので、これらの研究成果を踏まえてメタボリックシンドロームの概念が提唱されたのです。
特定健診(メタボ健診)の中で最も重要な検査は腹囲の測定です。内臓脂肪型肥満を判定するためには、内臓脂肪量の増加を検出できる方法が必要です。
腹部CTで臍の位置の断面像から内臓脂肪面積を算出すると、100cm2以上の場合にはそれ以下の場合より合併する疾患数が50%増加していることが明らかになり、100cm2以上を内臓脂肪の過剰蓄積と判断することが定められたのです。
CT検査は一般の診療所や健診で簡単にできないことから、内臓脂肪面積100cm2に相当する腹囲、すなわち臍の高さで男性85cm、女性90cmをもってスクリーニング検査値と定められました。
この図表は、心筋梗塞など虚血性心疾患とメタボや糖尿病の関係を理解する上でたいへん重要です。
肥満・メタボの状態や糖尿病予備軍と呼ばれる状態では、インスリン抵抗性が高まりインスリン過剰分泌が起こります。インスリン過剰分泌の状態は、酸化ストレスを増大させ動脈硬化を促進し虚血性心疾患を増加させるだけでなく、がんを誘発することが分かってきました。
メタボリックシンドロームがあると、内臓脂肪細胞から分泌されるアディポサイトカの作用により動脈硬化が進行しやすいことを述べました。
それに加えて、メタボリックシンドロームと呼ばれる状態から、インインスリン抵抗性亢進とインスリン過剰分泌を介して、心臓の動脈硬化が始まっているわけです。インスリン過剰分泌が続くと、やがてインスリン分泌は減少するようになり糖尿病が発症します。
このため、糖尿病の予備軍から初期の状態で心筋梗塞発症の危険性が高まります。ここに特定健診(メタボ健診)の意義の一つが存在すると考えています。
図2は慢性腎臓病CKDの状態が出現すると、心血管病変を発症しやすい第二の危険な時期を迎えることを示しています。したがって、HbA1c<7%を維持する重要性が分かります。さらに、糖尿病が進行して糖尿病性腎症により微小血管症が進展すると、第三の危険な時期を迎え、腎不全や心血管病変の危険性がさらに高まることが分かります。
知人の腎臓病の専門家が、「糖尿病で人工透析までいった患者はある意味優等生だ。なぜなら、人工透析前までに心血管病変で死亡してしまうからだ」と言っていたのを思い出します。
糖尿病を発症していない予備軍の状態(いわゆるメタボ)で糖尿病薬を使用することはためらいますが、もし脂質異常症や高血圧を伴っていれば心血管病変の発症予防のため、この時期から積極的に投薬治療を行うことが重要と考えます。