さて、実際の心電図を見ていきましょう。
ここでは前ページで述べたP波・QRS波・T波から分かる心臓の病気についてもう少し詳しく考えます。
P波の異常は心臓のスイッチ(洞結節)の異常!
P波は心臓のスイッチである洞結節を表しています。
P波があれば心房にある心臓のスイッチが入ったことが分かります。
P波がなくてR波が出ていれば、心房内のスイッチが入らなくて房室結節や心室から収縮の刺激が始まったことが分かり、洞結節に異常があることが分かります。
P波の形が変化している場合、スイッチは正しく入っていても、心房の中でスイッチの場所が移動していたり、弁膜症などで心房が大きくなっていることが推測されます。
しかしP波の形の変化はあまり重要でなく、P波があるかどうかがはるかに重要です。
pointP波を見つけるのが不整脈では最も重要!
不整脈については後に詳しく述べることにします。
P波からQ波までの時間(PQ時間といいます)は、スイッチが入ってから電気が心室に入るまでの時間を表しています(図1)。
心室の直前には房室結節がありますが、房室結節は電気の通り道にあり予備スイッチの働きを持っています。
point pointPQ時間は電気が洞結節から房室結節まで流れる時間!
PQ時間が延長しているときは、心房から心室までの電気の通りが悪くなり、時間が長くかかることが分かります(これをPQ時間延長とか第 I 度房室ブロックといいます)(図2)。
PQ時間が短縮していることもあります。
電線の中をふつうよりも早く電気が流れることはないため、この場合別な電気の通り道(バイパス)を通って時間が短くなっていると考えられます。
R波は心臓が収縮するときの電気の流れですが、R波が高いときは電気の流れる力が強いとき、すなわち心肥大(左室肥大)の疑いがあることを示しています。
肥大した心筋は虚血を伴います。典型的な左室肥大は後に述べるように、①R波増高に、②虚血性ST-T変化を伴うようになります。(図3、4)
R波の贈高だけで、虚血性ST-T変化を伴わない場合は「左室肥大の疑い」と診断します。
point pointR波が高いときは心肥大(左室肥大)の疑い!
QRS波の幅が大きく変化するのは、心室の中の電気の流れが悪くなり、時間が長くかかるときです。
①脚ブロックと、②冠動脈硬化により強い心筋の血流障害(これを心筋虚血といいます)の2つがおもな原因です。
脚ブロックでは電線である右脚や左脚の電気の通りが悪くなるために幅が広くなります。
左脚ブロックと右脚ブロックがありますが、特徴的な形から区別は容易です(図5)。
右脚ブロックはごく普通にみられるものでほとんど心配ありません(図6)。
しかし左脚ブロックは動脈硬化などによる心筋障害が原因で起こるもので、病的な意味を持ちます(図7)。
高度の動脈硬化により血液の流れが悪くなり、心筋そのものが広範囲に障害を受けた場合もQRS波の幅が広くなります。
高度の心筋虚血では、Q波やS波の幅が広くかつ下向きに深くなるため、すべての誘導でQRS波の幅が広くなる特徴があります。
左脚ブロックとも右脚ブロックともいえないような、特徴的な心電図を心室内伝導障害と呼び、心筋梗塞に近い高度の心筋虚血を示しています。(図8)
心筋梗塞の発作が落ち着いた後に、特徴的な幅の広いQRS波が梗塞の部位に残ることがあります。梗塞を起こした冠動脈を推測することができます。
特に胸部誘導の広い範囲で幅の広いQRS波がみられる場合には、後遺症として強い心不全が起こります。(図9)
point pointQRS波の幅が広い時、脚ブロックか心筋梗塞(心室内伝導障害)!
ST部分は小さな下向きのS波が水平に変わる部分を指します。
ST部分は水平な基線と同じレベルにあるのが正常です。
ST部分が基線よりも下がると心筋虚血を疑います。(図10、11)
動脈硬化が原因で起こる労作性狭心症の発作時にはSTが著しく下がり、発作が治まるともとの基線に戻ります。
心筋虚血や狭心症ではSTは水平か右下がりに下がります。
頻脈時などにみられる、右上がりのST降下は正常です。
point pointST降下は心筋虚血か狭心症の発作時!
ST部分が上がるのは、心筋梗塞の発作時がもっとも多いのですが、心膜炎のときもSTは上がります。
心筋梗塞、心膜炎のいずれの場合もSTは上がりますが、微妙に異なる形で上がるため慣れると区別は容易です。(図12)
狭心症の中でも冠れん縮性狭心症(異型狭心症、安静時狭心症などとも呼ばれます)ではST上昇が認められます。
冠れん縮性狭心症はおもに早朝に冠動脈がけいれん性に収縮することによって起こります。
早朝に胸部の圧迫感が30分から1時間かそれ以上の長い時間起こります。日本人には多いとされる狭心症のタイプです。
point pointST上昇は心筋梗塞の発作時、心膜炎を疑う!
正常でもSTが上がって見えることがあります。
T波が早く始まると、R波とT波が重なるためSTが上がって見えます。(図13)
T波は収縮した心臓がもとに戻るときに(弛緩)できる波です。
心肥大や強い心筋障害があると、スムーズに弛緩できないためにR波だけでなくT波にも異常が出てきます。(図14)
ふつうT波は上向きですが、さらにとがって高くなったり(尖鋭化)、平坦になったり(図15)、下向きになったり(図16)すると異常です。
肥大型心筋症では巨大陰性T波と呼ばれる、ふつうよりも先鋭で大きな下向きT波がみられます(図17)。
また、肥満傾向にある人ではT波が低くなる傾向がありますが、この場合は病的とはみなされません。
後から述べるように陰性T波にST降下が伴えば、狭心症の発作や心肥大、心筋虚血が疑われ、病的な意味が強くなります。
point pointT波が平坦、下向きの時は左室肥大や心筋虚血!
次の場合には、T波が上向きでも先鋭になることがあります。
point pointT波が上向きに先鋭のときは、急性心筋梗塞や高カリウム血症!
QT時間は心臓の電気的収縮時間を表しています。
QT延長は、再分極(T波)が遅れて心臓の興奮が延長していることを示しています。
QTが延長すると心室細動という重篤な不整脈が起こりやすく、突然死の原因になります。
QT時間の評価は、正確には心拍数で補正されたQTc時間で行います。(図19)
学童検診ではQTc時間が450msecを超えると異常とされ、精査が行われます。
遺伝的なQT延長症候群は子どもや若者の突然死の原因になることがあります。
一部の人は生まれつき耳が聞こえませんが、約3分の1は何も症状はありません(後者をRomano-Ward症候群といいます)。
大人のQT延長症候群はある種の薬剤(とくに不整脈の治療薬など)の影響や電解質異常(低カリウム血症、低カルシウム血症)や著明な徐脈などで起こります。
point pointQT延長は突然死の可能性!