診察室で味覚に関する相談をしばしば受けることがあります。
その多くは女性でかぜのあとに味が感じにくくなった、分からなくなったというものです。経験の上からは、このようなかぜのあとに起きやすい味覚障害は、1,2ヶ月と時間はかかるものの少しずつ良くなっていく印象があります。
最近になって味覚障害の最大の原因が、体にとって必須微量元素である亜鉛の欠乏であることが分かってきました。亜鉛の補給によって味覚障害が改善される例も多く経験されるようなり、味覚障害の治療への道が開けてきました。ここでは少し詳しく味覚障害について考えてみたいと思います。
甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5つの味を感じるのは、舌の側面や表面、上あごの奥などにある乳頭(舌の表面のぶつぶつ)の中の 味らい です。味らいは味細胞のかたまりで全部で5000から6000個あり、舌の後方に6割、前部に3割、あごに1割分布しています。
舌のどこでも、どの味にも感じますが、奥の方が敏感になっています。この味らいが刺激の強い飲食物で炎症を起こしたり、食事や薬物の影響で亜鉛やビタミンが不足すると味覚障害が起こってきます。
味覚障害の訴え方はさまざまで、食べ物の味が薄くなった、味が全く分からなくなったというものが最も多いのですが、口の中には何もないのにいつも苦い味がするといった訴えもあります。苦み、渋味などが多く、このような味覚障害は高齢者に多くみられます。
高齢者の味覚障害は、唾液の減少、入れ歯などの刺激、さまざまな薬の影響、口の中の細菌のバランスの変化とくにカンジダの増加 などが原因と推測されます。高齢者以外の味覚障害では、中年以降の女性に多い感があります。
(図1)味覚障害の原因として最も多いのは、他の病気に使用されている薬剤によるものと考えられます。ついで偏食などによる食事性の亜鉛欠乏症、さらに糖尿病、肝臓・腎臓病などさまざまの全身疾患によるものが続きます。
薬剤性の味覚障害も全身疾患に伴う味覚障害も結果として亜鉛が欠乏するために起こるであろうと考えられています。その他には感冒や鼻の病気によるもの、唾液の減少、心因的なものなどが考えられます。
亜鉛は体の中には合計でも約2.5gのわずかしか存在しませんが、タンパク質の合成や働きを助ける上で重要な働きを担っています。味らいの味覚に必要なタンパク質の中にも亜鉛がたくさん含まれています。
正常な味覚を保つには毎日食事から亜鉛を十分に取る必要がありますが、一般的な日本人の献立では亜鉛は不足気味であると言われています。さらに食品添加物の中には、食べ物に含まれる亜鉛の吸収を強力に妨げるものがあります。
このような味覚障害に亜鉛の内服治療を行うと7割近い有効率があったと報告されています。さらに味覚障害を起こしてから半年以内の早期に治療を開始すると有効率が高く、できるだけ早いうちに治療を受けることが勧められています。
味覚障害の予防のために食事の工夫も大切です。亜鉛を多く含む食品としては、もっとも豊富なカキ(貝)をはじめ、かずのこ、小魚、抹茶、きな粉、ココア、ごま、アーモンド、海藻、たまご、チーズなどがあります。アルコールや刺激物を毎日取っていると味らいが傷ついて、味覚障害を起こしやすくなるので注意が必要です。
舌の先や縁がピリピリ、ヒリヒリと痛み、なかなか治らなくて悩んでいる方がしばしばみられます。このような訴えは中年以降の女性に多く、舌痛症と呼ばれています。
舌には外見上は異常は認められないことが多いのですが、舌の先をなめたりこすったりするために、実際には赤くただれているようにみえることもあります。病院を受診して検査を受けても心配ないからと説明されることが多いようです。
(図2)舌痛症の原因は明らかではありません。歯の治療に用いた金属アレルギーや入れ歯などの刺激が原因になっていることもあれば、亜鉛欠乏のために味覚障害とともに起こることもあります。
更年期の女性に多いことから、女性ホルモンの影響や自律神経のバランスのくずれが原因と推測される場合もあります。痛みが強い上原因がはっきりしないため、大きな病気が隠されているのではないかという不安感が強くなり、あちこちの病院を受診されることもあります。
舌の痛みがきっかけになって、自分の舌に過度に意識が集中しているようすがみられ、心因的なものも誘因となっていると思われることが多くあります。実際、抗不安薬や自律神経調整薬、さらにはある種の抗うつ薬が効果的な例がしばしば経験されます。