耳鳴りは古くから人々を悩ませてきました。
芭蕉の句にも彼がセミの声に似た耳鳴りで困っていた様子が読まれていますし、ベートーベンも晩年難聴と耳鳴りに悩まされました。
一時的な耳鳴りを経験された方は多いと思いますが、耳鳴りが長く続くとたいへん気になります。いろいろな検査を行っても耳鳴りの原因を特定することは困難なことが多く、治療を受けても完全には良くならないことが多いようです。
ここでは耳鳴りの起こり方をもう一度点検し、耳鳴りと上手につき合って行く方法を考えてみましょう。
まず始めに耳の構造を簡単に説明しましょう。
耳は外耳、中耳、内耳という3つの部分からできています(図1)。外耳と中耳は鼓膜で仕切られていて、中耳には鼓膜の振動を伝導するために耳小骨という小さな骨が3つ並んでします。耳介で集められた音は、空気を振動させて外耳から鼓膜、中耳へと伝えられていきますが、この部分は聴力に関しては、おもに音を伝導する働きをしています。
耳鳴りと難聴とは切っても切れない関係にあり、外耳や中耳の病気で起こる難聴を伝音性難聴と呼びます。
音の振動は耳小骨を通して内耳に伝えられていきます。内耳では音の振動が電気信号に変えられ、さらに聴神経から脳へと伝えられていきます。
脳へ近づくにつれて、神経を介する単なる電気信号の伝導から、音の知覚・分析・統合といった高度な音の認識へと変化していきます(図2)。このいずれかの部分が原因で起こる難聴を感音性難聴と呼びます。
耳鳴りの患者の90%は難聴を伴っていると言われます。少数の方は聴力の低下が認められませんが、このような耳鳴りは無難聴性耳鳴りと言われ、高血圧など内科疾患などがないか調べる必要があります。逆に難聴の人の約半数が耳鳴りを自覚していると言われます。
このように耳鳴りは難聴と密接な関係があります(図3)。耳鳴りがあれば、難聴があるかどうか?、難聴があれば伝音声難聴か感音声難聴か?を調べていく必要があります。伝音性難聴があれば中耳炎など中耳や外耳の病気を疑って調べていく必要があります。しかし難聴の多くは神経系の病気である感音性難聴であると言われます。
このように耳鳴りの原因は内耳から脳までの神経系と密接な関係が考えられ、そこには音の伝導だけでなく音の認識といった高度の神経機能が関与しているために、耳鳴りの診断と治療をむつかしくしているものと推測されます。
耳鳴りの原因をもう一度整理してみましょう(図4)。
外耳や中耳から起こる耳鳴りは耳鼻科的な病気が原因なので耳鼻科の治療で軽快することが考えられます。難聴を伴うときには伝音性か、感音性かを耳鼻科的に検査を受けることで、原因となっている部位を推測することができます。
感音性難聴を伴っていれば、内耳から脳に至る神経系の原因が推測されます。しかし音の認識には高度の神経機能が関係しているために、脳に近づくにつれ耳鳴りの原因を特定することは困難を伴います。
難聴を伴わない耳鳴りでは内科的な病気が疑われます。高血圧や低血圧で耳鳴りを起こすことがありますが、睡眠不足やストレスなどで一時的に耳鳴りを生じることは日常よく経験されます。
また耳鳴りの起こりかたも診断の手助けになります(図5)。
突然、発作的に耳鳴りとめまいを生じたときには、メニエール病や突発性難聴など内耳の病気が考えられます。耳痛や耳漏があれば外耳や中耳の病気が考えられます。また耳鳴りの性質では、一般的には低音でにぶい耳鳴りは伝音性の障害、高音で鈴や笛のように聞こえるのは感音性の障害が多いと言われます。
感音性の障害は、いつとなく起こることが多いのですが、騒音性難聴や薬害性難聴、ヘッドフォンによる難聴など原因がはっきりとしているものもあります。またある種の脳腫瘍でも耳鳴りが起こることがあり、この場合には脳の検査が必須です。
しかし多くの耳鳴りは感音性障害が原因と推測できても、詳しい原因は不明のことが多いようです。残念ながら、このような耳鳴りは治療で消失させることは困難です。
しかし耳鳴りは完全に治らなくても、軽減させることによりかなり楽に感じられるようになります。また、耳鳴りが原因で不眠症やうつ症になってしまうことも少なくありません。
薬による治療は耳鳴りを軽くすることは可能で、そうすることによって上手に耳鳴りとつき合う気持ちを持つことが大切です。