胸の痛みは日常の診療の中でも訴えの多いものの一つです。
胸部には心臓や肺だけでなく心臓から出て行く大動脈、食道、さらに肋骨や肋間神経、筋肉などが含まれるために、一口に胸痛といっても原因はさまざまで、慎重に診断を進める必要があります。(図1)
実際にしばしば経験される胸の痛みを起こす原因をあげてみます。胸痛の原因は上に述べた臓器と関係づけると分かりやすくなります。(図2)
実際これらの病気の症状は痛みに関係したものが多いのですが、痛み以外にも胸や首の圧迫感や肩こり、どうき、息切れとして感じられることもあり、胸の病気の症状は胸痛だけではありません。また一口に痛みといっても原因によって特徴がみられることがあります。
たとえば帯状疱疹では水ほうが出現する前に、ピリピリする痛みを生じてきます。この痛みはとくに衣服がふれたときに感じやすくなります。数日後に特徴的な水ほうが出現してくると、帯状疱疹と診断できます。
胸痛を生じる病気の一つ一つの詳しい解説は別にゆずることにしますが、経験上、次のように分けると診断のために便利です。
まずはじめに、胸部の病気の原因を考えるときに、胸痛などの症状が、
(1)安静時に起こるか、
(2)体を動かした時や歩行時など活動時に起こるか(これを労作時といいます)
に分けて考えることにします。
さらに胸部の病気の症状を痛みだけでなく、もう少し詳しく次の2つに分けて考えてみます。
症状1)胸痛・胸部圧迫感、
症状2)どうき・息切れ
これらを組み合わせると次のようになります。(図3)
ここに病気を割り当てていくと完成です。(図4)(図5)
症状に応じてこの表をたどっていくと診断に行き当たります。もちろん診断を確定するためには詳しい検査(胸部レントゲン、心電図、胸部CT など)が必要なことは言うまでもありません。
次に胸痛を起こす代表的な病気について簡単な解説をしましょう。
狭心症は心臓の栄養血管である冠動脈(図6)の動脈硬化が原因で起こります。
動脈硬化により血管の一部が強く細くなってくると(図7)(図8)、
急いで歩いたときや坂道など運動量が多くなったときに狭心症の発作が起こってきます。(図9)
運動量が多くなると動脈硬化の部分で血液の流れが妨害されるため、これより先に血液供給が不十分となり心臓の筋肉が酸素不足になるためです。このように冠動脈の動脈硬化による狭窄が原因で、運動時に起こりやすい狭心症を労作性狭心症と呼びます。
労作性狭心症は運動時だけでなく、興奮したときや気が焦ったとき、排便時に力んだとき、入浴時にも起こることがあります。この発作は発作的に起こりますが、運動を止めると数分以内に速やかに治まります。
狭心症の発作はふつう胸痛と表現されますが、痛みよりもむしろ押さえつけられるような圧迫感と感じられることが多いようです。軽い発作でも強い不安感を生じることが多く、発作の部位も心臓の真上ではなく、胸の広い範囲に生じることが多く、ときにはあごや左肩にかけて圧迫感を起こすことがあります。
高齢者ではときに胸痛ではなく、息切れやどうきとして感じられることがあります。心不全や不整脈、肺疾患と間違えられやすく、また精神的なものと見逃されることがあります。発作的に起こる息切れの場合には注意が必要です。
これに対して運動や興奮などと無関係に安静時に急に起こる狭心症があります。この発作は安静時狭心症とも冠れん縮性狭心症とも呼ばれます。この狭心症の特徴は早朝安静時に起こりやすいことです。
発作は早朝のほぼ同じ時間帯に、毎日のように繰り返して起こりやすく、十数分から時には一時間以上持続することがあります。嵐のように何日間繰り返した後には嘘のように発作が消えてしまうことが多くあります。
このタイプの狭心症は日本人に多いといわれていますが、原因としては冠動脈の一部が急にけいれんを起こして細くなるためと考えられています(けいれんのことをれん縮といい、冠れん縮性狭心症とも呼ばれます)。
冠動脈硬化症が高度になると少しの動作や安静時でも狭心症が起こるようになります。安静時狭心症や労作性狭心症とは異なり、発作の起こる時間帯は不定期で、発作も一日に何回も起こるようになり、発作の強さも強弱がみられ、不安定となります。
このような発作は細くなった部位に不安定な(脆弱な)血栓が形成されるためと考えられ、完全な血管の閉塞(心筋梗塞)の前ぶれで極めて危険な状態とみなされます。発作の部位も胸部に限らず、肩やあご、背中に起こることもあり注意が必要です。
胸膜炎は肺炎の一種です。ふつう肺の中には痛みを感じる神経はないために肺炎を起こしても痛みを生じることは多くありません。しかし肺を包む胸膜には痛みを感じる知覚神経が分布しているために、胸膜に炎症を起こすと突き刺すような鋭い痛みを生じてきます。
胸膜炎高熱よりもむしろ微熱を生じることが多いようです。若い人で発熱が軽くても、せきと左右どちらかのわき腹の鋭い痛みを訴えるときには、胸膜炎を疑い胸部レントゲン写真を撮影する必要があります。
帯状疱疹はヘルペスともいわれます。帯状疱疹は水ぼうそうのあと、体に残った帯状ヘルペスウィルスによって起こってきます。帯状ヘルペスウィルスは神経に沿って増えるため、典型的な水ほうを生じる前にピリピリとした痛みを生じてきます。
痛みは衣服などでこすれたときに起こりやすいのですが、数日後に水ほうが出現してくるまでは診断は困難です。
*詳しくは本HPの 単純ヘルペス感染症 をご覧ください。
自然気胸は若い人に多くみられますが、中年以降のとくに男性にも起こることがあります。
肺は肺胞と呼ばれる小さな袋が無数に集まって形成されていますが、何らかの原因でいくつかの肺胞がつぶれて集まり小さな袋を作っていることがあります。この袋はブラ(ブレブ)といわれますが肺胞に比べて破れやすい特徴があります。ブラ(ブレブ)が破れて空気がもれてしまい、肺が圧迫されたのが自然気胸と呼ばれる病気です。
肺の外にもれ出た空気のために肺がさまざまな程度に圧迫されるため、息切れと胸の痛みなどを生じてきます。
大動脈瘤は高血圧による動脈硬化、大動脈弁膜症、敗血症などの感染、マルファン症候群(大動脈の壁が弱くなるなどの全身の結合組織に変化を来す疾患)などが原因で形成されますが、弱くなった大動脈壁の一部が破壊され血液が流れ込み、大動脈が裂けるように解離してきたものが解離性大動脈瘤です。
大動脈瘤解離を起こすと突然突き刺すような痛みを胸部や背部に引き起こします。痛みは実際には激しいものからそれほど激しくないものまでいろいろです。
胸部では胸部レントゲンや胸部CT、腹部では腹部超音波や腹部CTで拡張した大動脈が認められることで診断ができます。
胸の痛みで診察室を訪れる最も多い原因は神経痛や筋肉痛、肋軟骨の炎症などによる痛みでしょう。打撲や外傷、激しいせきによるものなど原因がはっきりしている場合もあれば、意識しないで無理な姿勢をとったために痛みを生じてくるときもあります。
このような痛みは安静時には少なく、体動時に起こりやすい特徴があります。また痛みの場所が限定していて、その部を上から叩くと痛みが増強することなどで診断ができます。
消化器(図10)の病気で胸の痛みを起こすことがあります。その代表的なものは逆流性食道炎と胆石の発作でしょう。
逆流性食道炎は胃液が食道に逆流して起こるもので、前胸部に焼けつくような痛みを起こすことがあります。とくに高齢者では胃液が逆流しやすくなるために、食後すぐに横になったりすると胃液の逆流を起こしやすくなります。
また一部の胆石の発作では狭心症と間違えるような胸痛を起こすことがあります。著者の経験では小さな胆石が総胆管に流れ出たものが、安静時狭心症とそっくりな胸痛を起こした例がありました。この場合には腹部超音波で胆石を認め、発作時に肝機能検査で異常を生じたために胆石によるものと診断できました。
その他、胸痛を生じる病気としては肺腫瘍によるものなどいろいろあります。診断のための検査をあげてみましょう。(図11)